植物脳・動物脳・人間脳

 今日の西日本新聞「健康のとびら」を読んで考えたことです。
 人間の脳を一番内側の植物脳(生命脳)、その外側の動物脳(感情脳)、最も外側にある人間脳(知性脳)の三つに分けて考え、人間が人間らしく育つということを、三つの脳の働きのバランスが整っていることと説いています。
 人間成長するにつれて、ハイテクやコンピューター社会の中、知性脳を過剰に使いすぎるようになる。知育偏重により、知性脳と感情脳が乖離した状態になり、人間らしい感情が出にくくなるということです。
 感情コントロールができにくく、動物的感情が暴走してしまう(失感情症という状態)。これが、更に進と「身体の声」が聞こえない状態になるそうです。空腹感・満腹感も感じない(失体感症)。
 人間の脳と体と感情の問題について考えさせられます。
 昔は、人間このように人間脳・感情脳・植物脳など分析せずともバランスが取れていた。いやバランスが狂ったから、様々な問題が起こり原因を追究しなければならなくなり、こうした脳の働きを分解して行く必要が出た結果でしょう。
 自然から遠ざかり動物から離れていくことが「人間的」と考えることがいかに間違いであるかを思い知らされます。知性偏重の中に生きることが病気になり「動物的な感情むき出し」になる。こういうことですから。
 動物を見てください。例えば猫の子育て、愛情たっぷりに子猫を育てる姿は、非常に人間的に見えます。いやいや、子育ての仕方を知性偏重で失った人間から見れば仏の慈悲に近いものと映ります。人間脳(知性脳)の使いすぎで動物的で凶暴になる。ということですが、このときの動物的=凶暴で・・・という考えもおかしなものです。種を守るということで時には凶暴になりますが、普段は自然に溶け込みお互いに命を支えあっているのではないでしょうか。
 私たちが人間的と思っていることは、結果として非人間性を育てている。こう感じます。人間的なことは、ハイテクではなく自然の中に溶け込み生きていくことだと思いますがどうでしょう。自然の中で生きることで身につくこと、体が覚えこむことが大切ですね。自然の中で自然とともに生きることで脳のバランスがとれていくし、これまでの人間の生活がそうであったんでしょう。
 脳を植物脳・動物脳・人間脳などという分類の仕方はチョッと・・・ですね。だって人間脳が使われすぎでバランスが狂い動物的凶暴差を持つようになるのなら、この呼び方では混乱してしまいます。括弧でくくられた生命脳・感情脳・知性脳と呼んだ方が分かりやすい。人間の人間らしい感情と知性の根源や生命観を深めなければならない気がしてきます。

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